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お徒歩小日記<作成中>

時は平成11年・・・

両国の吉良邸跡から泉岳寺の間ある元禄事件関係の遺跡を訪ねて歩きました。

事前に宮部みゆきさんの「平成お徒歩日記」を読んでいた人も多く

また、時期も宮部さんのお徒歩隊から5年後とはいえ、同じく炎天下の7月、

気分はすっかりお徒歩隊(笑)でした。

(1999年7月24日)

(ちゃんと推敲していないです。ごめんなさい。)

集合は両国駅

集合場所は両国駅東口に10時。30分くらい前に駅に着きまだ誰もいないだろうから、どうやって時間をつぶそうかと考えていると「おはようございます」と声を掛けられる。振り向くとI氏。今日も暑そうだとい話をしながら他のメンバを待つ、待つ、待つ。ちょうど時間になったことS氏が改札口ではない方向から到着。聞くと早く来たので独りでお茶していたとの事。暑い中Iさんと二人で待っていたのがちょっとむなしい。その後Mさん到着、D氏がちょっと送れるとの情報。さてそろったね、ということで出発。まずは吉良邸跡の本所松坂町公園へ向う。まづは吉良邸跡の本所松坂町公園へ向かう途中にある本所松坂町跡の碑に向かう。途中の歩道橋の上でMさんの携帯電話が鳴る。W氏が駅で待っているとの事。しまった、掲示板(今回はWEB上の掲示板で連絡をとっていた)にあった参加しますの掲示を見そこねていたらしい。ごめんなさいm(._.)mWさん。MさんにWさんの迎えをお願いして吉良邸跡へ。

吉良邸跡(本所松坂町公園)

中はちょっとした資料館状態で、なまこ壁の内側には、元禄事件にかかわるいろいろな資料(複製品)が展示してある。D氏とMさんが、討ち入りの時の口上書を読み始める。さすが江戸時代に詳しいMさん、まるでその時代に住んでいたよう(笑)。吉良邸跡のそばには菓子処大川屋さん(ここで吉良まんじゅうを3つ購入。)に寄り、回向院へ、吉良邸が昔の威容をとどめていないように回向院も時代と共に規模は小さくなってる。討ち入り当時は、敷地的にすぐ近くだったようだが現在は間に民家が立ち並びちょっとした距離がある。近そうな方向から近づくと裏門(墓地に面した門)らしく閉ざされたままで、義士のように立ち入りを拒否されているよう。仕方がないので敷地を回りこんで正門へ。正門へ回れば立ち入り拒否はありません。

回向院

回向院は、国技館があり相撲部屋も多い両国だけあって相撲との繋がりも深いらしく、境内には力塚がある。また犬や猫等のペット供養のさかんらしく供養塔がある。また、鼠小僧の墓もある。歴史を感じさせるいろいろな供養塔などが数多くありますが、敷地を整理したためか整然とならんでいます。回向院の建物自体は鉄筋コンクリート製のもので、歴史を感じることはできませんでした。

両国橋