息つぎ井戸
(赤穂市)
元禄14年3月19日早朝、松の廊下刃傷を伝える早水藤左衛門、萱野三平が赤穂城目前に息を整えた「息つぎ井戸」
四角い井戸の中には丸い筒が見える。
実はこの井戸、赤穂上水と呼ばれる水道で、配管により川の上流より導かれている。この上水道は市内各所にめぐらされており、赤穂城の大石邸や城内の池などにも続いていた。江戸時代に神田上水、福山水道と並び天下の三大水道と呼ばれていたとか。